ファームビズ杉谷です。岡山県奈義町で20~30代の若いファミリー層の移住が増えていると聞きつけ、そのヒミツを探りにやってきました。奈義町は女性1人が生涯に産むと見込まれる子どもの数「合計特殊出生率」(2014年値)が、全国トップレベルの2.81人(全国平均1.42)!子育てしやすい町として注目を集めています。
今回、お話をお聞きしたのは、京都府から岡山県奈義町に移住してきた田中博さんです。昨年、大好きな海から離れて山の暮らしをスタート。移住にいたるまでの思いと今の暮らしについてお聞きしました。

奈義町田中博さん09

プロフィール/田中博さん
全国トップシェアの釣具チェーン店に勤務しマネージャー職として活躍した後、退職。2015年に妻と息子(当時6歳)とともに奈義町に移住。現在、自宅の田んぼ、畑を持ちながら、地元の農業法人「ライスクロップ長尾」に就職。農業の知識と経験を積みながら、将来、農業人としての本格的な独立を目指す。

 

いなかに来たら、地元の人の懐に思い切ってとびこむ方がいい

どちらから奈義町に移住してきたのですか

京都です。もともと私は大阪府、妻は福島県で育ちました。

お仕事は何をしていたんですか?

サラリーマンです。海が大好きで、釣りとサーフィンが趣味なんです。それで釣具店に就職しました。釣具店といっても全国トップシェアのチェーン店だったので、転勤はしょっちゅう。金沢、富山にも赴任しました。そうそう金沢では海が見える古家も購入したんですよ。

えっ!家まで購入していたのにここへ?

ハハハ。そうですよね。話せば長いんですけど、まぁサラリーマンなんで、住まいは転々としています。

奈義町田中博さん03

なぜ海が好きな田中さんが、中山間地域の奈義町に移住することになったのでしょう?

きっかけは東日本大震災です。妻のふるさとは福島です。心の痛手に加え、子どもが生まれたばかりだったこともあり不安はさらに大きかったようです。両親は内陸に住んでいるので無事だったのですが、農業を営んでいます。震災後も、福島からお義父さんがつくった野菜が送られてくるのですが、地震発生以降、見えないものへの恐怖から、妻はその食材を子どもに食べさせることはありませんでした。

そうなんですね…。震災の痛みはそこで暮らす人だけではありませんよね。

そうですね。そこから妻の食材へのこだわりが強くなり、ちょっとした食材の買い出しに何時間もかかるようになり辛そうでした。

お住まいは京都ですよね?

そうです。だからこのままでは妻が参ってしまうと思い、考えに考えた末、「じゃぁぼくが食材を作れるようになろう」と思ったんです。そこからは、話が早かった。もともと思い立ったら行動あるのみと考えているので、妻に話すと「岡山がいい」と。震災の過去歴が少なく、全国にある原発から一番程よく距離があるとのこと。実は、父が転勤族で、ぼくは岡山県牛窓で生まれてるんです。なんだか振り出しに戻った感じがして、「じゃあ岡山をさっそく見に行こう」と車で行ってみました。

いきなり岡山に?

関西から岡山は2時間ぐらいで近いですしね。中国自動車道に乗って、まずは美作I.Cで降りてみようと。本当にいきあたりばったりです(苦笑)。
しばらく車を走らせていると、高原の中の1本道にさしかかり、両サイドがパ~ッと開けました。「ここ、抜群やん!」って。それが奈義町です。このロケーションで決めたようなもんです(写真下)。

あああ

目の前に名峰・那岐山。この山のむこうは鳥取県。

奈義町を選ぶ決め手に、風景を挙げる人は多いです。

そうですね。のんびり、穏やかに時間がながれている風景がそこかしこにあります。しかし家を見つけるのが大変でした。食材を作るための畑付き物件を探しましたが、不動産情報が少なくて苦労しました。町の空家物件が3軒あり、運よくその1軒が2000坪の田んぼ、畑付きの物件だったので、即、引っ越しました。空き家バンクを利用すると補助金を取得することができるのでおすすめですよ。
※詳細/奈義町空き家情報バンク制度

すごい行動力です。農業人元年、すべり出しはいかがでしたか?

いや、農業は想像以上に大変だというのが率直な感想です。体力はある方だと思っていましたが、肉体的に本当に大変でした。10~15kg痩せましたよ。代々農家を営んできた方々を尊敬します。とにかく農業の知識がなければ話にもならないと、農業法人への就職口を見つけて、働きながら農業を学ぶことにしました。

今年で2年目ですが、農業への思いは変わってきましたか?

そうですね。農業は肉体面だけでなく、観察力もいるし頭も使います。自然が相手だけに、知れば知るほど奥深い職業です。独立を目指すなら経営的なことも、もっとセンスを磨いておく必要があります。私は、今後「農」をキーワードにしたアグリアミューズメントビジネスをしたいと思っています。農作物を作って売るだけでなく、観光農園や農業体験もでき、自然に沿った暮らしを体感できる場所にしたいですね。

田中さんが、就農一年目に作ったお米。減農薬で栽培しています。

田中さんが、就農一年目に作ったお米。減農薬で栽培しています。

移住や転職について、ご両親の反対やアドバイスはなかったんですか?

いや~、そういうのは全くないですね。それどころか父が大阪から高速バスに乗って、ちょくちょく孫に会いにやってきます。一緒に農作業をしたり嬉しそうです。定年退職して、ちょうど良いお楽しみが出来たと思ってるんじゃないかな。

実際の奈義町での暮らしはいかがですか?

このあたりの集落は、同じ苗字の人が多く、地域の人たちは、○○のたけしさんとか、ヒロシくんとか、下の名前で呼び合います。フレンドリーでいいですね。子どもの頃に感じた懐かしさがあります。私の畑のことも気にかけてくれ、色々アドバイスをもらいます。時にはかまってくれすぎて、戸惑うこともありますが、ありがたく農業の先輩方である地元の方の懐にとび込むようにしています。

なるほど。移住後、地元になじめないという声も聞くことがあり参考になります。

地元の人はシャイなんで、自分からとび込むに限ります。、謙虚な気持ちで、わからないことはなんでも聞くって感じです。それに地域の消防団の寄り合いやなんだかんだと、集まりが多いですしね。そういった1つ1つを面倒だと思う人もいます。しかしそうした人間関係のおかげで恩恵も受けているので持ちつ持たれつです。都会では老人の孤独死がニュースになることがありますが、奈義町にはないですね(笑)。

奈義町田中博さん05

この広い敷地すべて田中さんの家。開放的で日当たり抜群。

最後に、地方での就農を考えている方にメッセージをお願いします。

どんな仕事にも通じることですが、農業を楽しいと思えるかどうかでしょうか。これから夏場は4時起きですが、作物の成長が大いに励みになります。結果が目に見える分、やりがいにつながります。農業はまだまだ第一次産業に押し込められていますが、農業のカタチは農業者自身が自由に作る時代に変わりつつあります。何かしらの目的をいつも持って、自分の農業のカタチを作れるようチャレンジしていきたいですね。
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自分たちが食べるものは、自分でつくる生活を選んだ田中ファミリー。今は自宅の菜園と田んぼは、すっかり元気になった奥様が面倒をみているそうです。移住者の田中さんが、店舗マネージャー時代に培ったマーケティングの知識や経験が、今後、農業を経営するうえで役立つことを願うと話してくれました。田中さんがつくる新しい農業のカタチが楽しみです。

奈義町田中博さん08

奈義町は良いとこすぎて“ナギボケ”しそうと笑う田中さん。

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