日本の農業は今、転換点に立っている

龍谷大学では2015年春に、日本の大学で35年ぶりに農学部を設置。なぜ今「農」なのか。今回、インタビューにご登場いただいたのは、龍谷大学農学部学部長に就任予定の末原達郎教授。世界をフィールドにかけ、食料生産研究を地球規模で行ってきました。そんな末原先生に、今の日本の農業の問題とトライすべきことについてお伺いしました。
※2015年4月開設予定

龍谷末原達郎教授1

末原達郎(すえはらたつろう)龍谷大学農学部 学部長就任予定(2015年4月予定)。1951年京都市生まれ。京都大学大学院農学研究科博士課程満期退学。農学博士。京都大学農学部教授を経て、2014年より龍谷大学経済学部教授。研究分野は農業経済学、農学原論ほか。著書に『文化としての農業 文明としての食料』ほか。

 

複雑化する農業の問題にトライできる人材を育てたい

─日本で35年ぶりの農学部設置とのことですが、なぜ設置することにしたのでしょう

今、日本の農業は転換点に立っています。現在、私たち日本人はさほど意識することなく、スーパーで食材を手に入れ、まずまずの食生活を送っていると思っています。しかしそれは、戦後、家族経営を基本とする日本の農業システムが、加えて世界の農業との需給バランスがとれていたからこそ成り立ってきたものです。
昨今、日本では、かつてないほど農業問題が山積みです。担い手不足と高齢化、食料自給率の低下など。また世界を見渡せば、途上国では食料確保の問題が深刻さを増す一方で、先進国では、毎日大量の食材が廃棄されるなど、経済のグローバル化が進むなか、貧富の差が拡大しています。こうした複雑にからみあった新たな農業の問題にとりくむ人材が、今、必要になってきているんです。

─龍谷大の農学部の強みはなんですか

龍谷大学では文理の枠組を超えた4学科(植物生命科学科、資源生物科学科、食品栄養学科、食料農業システム学科)を用意しました。文系受験も可能な入試制度も整えております。

戦後の食糧難の時代を経験した日本では、生産性を上げることが第一とされ、大学の農学部といえば種や土壌の研究をすることがメイン。理系の専門分野で、その専門性に特化するあまり田植えをしたことがないバイオサイエンス学者もいるのが現状です。

しかし今の複雑な農業の問題を1つ1つときほぐすには、理系だけの学問では対応しきれません。俯瞰的に物事をみることができ、ネットワークを構築して異なる問題の糸口をつなげていくコミュニケーション能力も必要です。

龍谷大学瀬田学舎

農学部が設置される龍谷大学瀬田キャンパス

龍谷大学では、各学科との交流を積極的に展開し、複数の農業の問題に広い視野でトライできる人材を育てたいと考えています。
学生には実際の農業もしっかり経験してもらいます。顕微鏡をのぞくだけの学問では終わりませんよ。実験室からフィールドへ出かけ、畑の中で学ぶ。土にふれ、苗を育て、農家さんのもとで知恵を教わることも必要。そんなフィールドワークがまた人間の幅を広げてくれるはずです。

 

アフリカが教えてくれた。活きた学問を学ぶことの大切さ

─末原先生は、学生時代、アフリカでフィールドワークをしていたそうですね。農学研究に入るきっかけはなんですか

ぼくが農学研究に入るきっかけは、日本の霊長類研究の創始者といわれる今西錦司さんのような生き方がしたいと思ったからです。ぼくは、京都の街なかで育ったんですが、いつも人がいっぱいで。アフリカのサバンナみたいな空気がカラッとした広々した世界に憧れていました。大学入学後は1回生からアフリカ研究に没頭。なのに、最初にきたアフリカ行きの話が熱帯多雨林でねぇ(苦笑)。場所はザイール共和国(現在のコンゴ民主共和国)。ジメジメしたジャングルの山すそで、ぼくは現地の人と暮らしを共にしながら農業調査に取り組みました。そうそう、その山の上でゴリラの研究をしてたのが、現在の京大総長の山極壽一さんです。その頃の仲間とは今も良いネットワークが続いていますよ。

龍谷大学末原教授アフリカ

大学院生時代にテンボの村に住み込んだ末原さん。村の子ども達との1ショット。

─アフリカの農業はいかがでしたか

そこでは、テンボという民族の農業を調査することが目的でしたが、初めは言葉もわからない毎日です。そもそもテンボ語という言葉があるかどうかも定かでない時代。お金は持っていたけれど、市場がたつ日以外はなんの役にもたちません。食べ物を手に入れることもままならず、「水がほしい」「お腹がすいている」など体当たりのジェスチャーあるのみです。

現地の人たちに交じって、毎日、一緒に汗をかくことで、少しずつ受け入れてもらえるようになりました。キャッサバの粉、水、薪。村の人たちにとっても、決して豊富ではない食材や資源を順繰りにわけてもらい生かされた感じです。そりゃ、大変なことはたくさんありましたが、現地の方と苦労を共にすることで得た結果がデータとなって積み重なる。だから僕は今も現場主義です。みんな世界に出てみるといい。いろんなことが見えてきますよ。

世界の農業を見れば、視点もかわる

─日本の農家さんもチャンスがあれば、海外の農業をみてみるといいですね

世界で今起こっている農業の問題は、共通であることも多いものです。取り組みや考え方を参考にしたり、刺激を受けることは多いはず。農業は、基本的なことはどこに行っても変わりません。テンボ人の世界でも種まきの時には、歌を歌いながら作業するんですよ。日本の田植え歌みたいなもんです。龍谷大学農学部でも海外の農業インターンシップにチャレンジできるようにしたいと思っています。

─海外の農家さんは社会的ステータスも高いそうですが、日本の農家とどう違うのですか

そうですね。一言では説明するのは難しいのですが、世界の中でも日本を含むアジア圏、ヨーロッパにおいて農業の歴史は古く、自分で食べるものを自分で作ることから農業が始まっています。それに対してアメリカ、オーストラリアは、白人がネイティブの人たちから土地を取り上げてできた国という歴史があります。植民地化し、大規模農園で農産物を大量生産したことが大きな違いといえます。大規模農園は投資という側面も持ち、経営者の判断力もいるのでステータスが高いといわれるのでしょう。アフリカでは、自分たちが食べるための農業と植民地化された農業が混在していて、問題はさらに複雑です。

龍谷大学末原教授2

─日本でも農業生産法人に転換する農家さんが増えていますが、それはどうお考えですか

日本では農地改革以降、平均1ヘクタール程度の家族経営の農業が日本の食を支えてきました。それが今、国際競争力に負けるようになってきています。ヨーロッパでは30~50ヘクタール規模の農場が平均といわれますが、それをお手本に規模を大きくしたところで、うまくいくとは思えません。経営者は潤っていますが、そこで働く人は豊かな生活をしてはいないんです。規模を大きくするだけではむずかしいと考えています。

消費者一人ひとりが食と農に関心をもとう
コーディネーターの役割も重要に

─では、これからの日本の農業には何が必要なのでしょう

規模だけの問題ではなく、消費者が本当に望む商品を知り、作り届けること。それには消費者のニーズを農家さんに届けることが不可欠です。今の日本の農業は消費者と生産者の距離が離れすぎています。これから必要になってくるのは、農家と消費者を結ぶコーディネーターです。消費者も受身ではなく、農や食への関心を高めて自ら発言していきましょう。今は、野菜の入った袋に生産者の顔写真付きのシールや、ポップなどの張り紙をみて、なんとなく安心して購入している人も多いのでは?日本の農業は市民が支えていると思わないとね。生産者シールにもっと科学的な情報が載るようになり、それを判断できる消費者になることも大事ですね。

─消費者一人ひとりが日本の農業を変えていくんですね

そうですね。個々が意識することです。これからの日本の食は、農家さんに下駄を預けているだけではやっていけない時代になりました。むしろ都市の人たちが中心になって食のもとである農業を考える時代にきているといえるでしょう。農家さんも農協だけに頼らず、みずから変わっていくことが必要です。いろんな流通ルートが生まれるようになって、消費者と顔の見えるコミュニケーションがとれるようになるといいですね。
地域おこし協力隊のように地方を元気にするために働いてくれる人に、国がさらに予算を投じるようになれば、もっと面白くなるんじゃないかと思います。

社会人も大学を上手に活用を
年齢問わず、自ら学び続けよう

─最後に農業人を目指す人にメッセージをお願いします

農業は人間が持つあらゆる能力を使う仕事です。決して簡単ではありませんが、何より大切な命をつなぐ産業なので、プライド持って取り組める仕事となるはずです。これからの農業は、あらゆるジャンルを巻き込んで発展していかざるを得ないので、ネットワーキングを作れるかどうかがポイントになります。味方をどんどん増やしていきましょう。

末原教授色紙

座右の銘は「人と人は出会う」。スワヒリ語で『山と山は出会わないが、人と人は出会う(Milima haikutani lakini binadamu hukutana)』ということわざからだそう。

農業も日々、学びが必要です。海外の農業を見に行くもよし、大学で聴講生となるのもいいでしょう。龍谷大学では年齢にかかわらず、科目履修生を募集していますよ。また龍谷エクステンションセンター(通称:REC)では、地域産業と結びつき、事業を起こしたい方の相談にも対応しています。これまでは工学部のみで行っていましたが、来春からは農学部でも受け付けることになりました。これから農業を目指す方も、ベテランの農家さんにも、どなたにも門戸を開いています。ぜひ活用くださいね。

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龍谷大学 末原教授の「お仕事七つ道具」を拝見!

取材ノート、ペン、ICレコーダー、カメラ、パソコン、スケジュール帳の7つ。取材ノートは、野外調査グッズを専門に扱うニチカの製品にこだわり、学生の頃から同じシリーズを100冊以上使い続けているのだとか。自宅の本棚にもズラリと並んでいるそうです。

末原教授7つ道具

 

龍谷大学の農学部では、日本が誇る世界遺産・和食にもスポットあて、京都の街に「食の嗜好研究センター」を作るのだとか。京の料理人と一緒に食と農につながる学問を極めるのだそう。京都ならではの農学部の誕生が楽しみです。末原先生、お忙しい中、本当にありがとうございました!

■龍谷大学
京都市伏見区深草塚本町67
TEL 075-645-5690
http://www.ryukoku.ac.jp/
取材・文 杉谷淳子

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