移住者に沸く離島~島根県海士町
人気のヒミツは「地域×教育」の人材育成プロジェクト

島根半島から沖合約60km。日本海にぽっかり浮かぶ隠岐諸島~中ノ島にあるただ1つの町・海士町(あまちょう)が、住みたい町として注目を集めています。特にファミリー世帯や若年層に人気で、保育園は待機児童もでそうな人気ぶり。海士町で、教育を通じて地域活性に取り組んでいる隠岐國学習センターの豊田庄吾さんに地域を変える力についてお聞きしました。

海士町豊田庄吾さん1

豊田庄吾(とよたしょうご)。隠岐國学習センター センター長。1973年、福岡県生まれ。大手出版会社で人事、営業、WEBプランニングの仕事を歴任後、人材育成会社に転職。企業、国、行政機関の人材育成や、全国の小中学校、高校でキャリア教育を行う。2009年から隠岐郡海士町に移住。高校魅力化プロジェクトに参画し、現職。

 

「地域×教育」に取り組んだ原点はふるさとにある

 そもそもなぜ教育者になろうとおもったんですか?

小学生の頃から、先生に「君は人に教えるのが上手だね」とほめてもらうことがあり、その頃から、将来、学校の先生になりたいなぁと思っていました。でも一方で、地域を元気にする仕事にも興味があって…。

ぼくは福岡県の炭鉱の町で育ちました。小学生の頃に閉山となり、クラスメイトは次々に転校。引っ越す人の半分は映画「フラガール」でも有名な福島県いわき市、もう半分は北海道夕張市の炭鉱へ移ることが多かったようです。商店街もみるみるうちにシャッター街になってね。だから、ふるさとを元気な町に戻したいと。「教育×地域」という原点はこのあたりにあるのかもしれません。

幼い頃からの思いが、今、形になっているんですね
海士町にくるまではどんな仕事に就いていたんですか

大学の就職活動時は、地域を盛り上げるにはPRが欠かせないと思い、広告やメディア業界で働こうと考えていました。卒業後、情報出版会社に就職。東京、福岡、大阪と各拠点をめぐり、人事、営業、WEBプランニングを行ってきました。

その後、縁があって人材開発・育成を行う会社に転職。その時は、はっきり言って先生になりたいという思いは遠い昔の話になっていたのですが、これも縁だったのかな。実際に仕事をしてみると楽しい!

海士町風景

本州から船で3時間半。海士町は日本海に浮かぶ小さな島にある。写真協力/海士町観光協会

恩師は見抜いてらしゃったのかもしれませんね
人を育てる、楽しさってなんでしょう?

全国の小中学校、高校に出向いてキャリア教育の出前授業を行っていたのですが、授業をしていると、子どもの目の色が変わる瞬間があります。そこに立ち会えたことが嬉しい。それだけで大満足です。実際のプログラムは、ゲームや遊びを通じて子どもたちに社会を疑似体験してもらい、働く意義やビジネスの仕組み、仲間と何かを達成する喜びを体感してもらうスタイルです。

 海士町との出会いは?

社会人になって知り合った仲間が海士町に移住し、地元の人と一緒に、少子化で統廃合になりそうな学校を立て直す取り組みに関わっていて、手伝ってくれないかと誘いを受けたのがきっかけです。2度目に島を訪れたときに、これからやろうとしていることを友人にプレゼンテーションされ、とても共感したので、その夜には「やります」と(笑)。

私が一番共感したのが、これから地方が日本をリードする時代がくるというビジョンでした。世の中は、これまでの高度経済成長期、バブル期に象徴される物質主義の社会から、あるものを活かし環境に配慮する循環型の社会へと移り変わっています。GDP(国内総生産)ではなく、GNH(国民総幸福量)をものさしにする時代に─。言い換えれば、何をもって豊かというのかが問われる時代になりました。

これから地方がもっと光ってもいい。今はまだ大都市が日本をリードし、離島は、最も最後尾を必死でついていってる状態ですが、未来はこれが逆転し、例えるなら小さくても大きな船を引っ張るタグボートのように、地方が日本をリードする時代が来ると─。そんな力強い内容だったんです。ぼくは「このタグボートに乗ってみたい」って思ったんですよ。

海士町 豊田庄吾さん6

プロジェクトの内容をお聞かせください

プロジェクトの名前は「島前高校魅力化プロジェクト」。島唯一の隠岐島前高校を残すために立ち上げたプロジェクトです。2008年に学年あたり30人未満となり、廃校寸前となりました。高校がなくなれば、中学卒業後、本土の高校に入るために子どもを下宿させる、もしくは一家で引越すなど、島から人が加速度的に減っていきます。また優秀な子どもほど、より良い進学先を求めて島を去ります。

プロジェクトの主な内容は次の3つ。①学力向上を図り、子どもが夢を実現するお手伝い ②地域の未来をつくる人財の育成 ③「子育て・教育の島」として全国からUIターンを呼び込むこと。教育を通じて島の魅力そのものをアップさせるというプロジェクトです。現在、ぼくはその中で隠岐國学習センターを切り盛りしています。

隠岐國学習センターとは?

隠岐國学習センターは、2010年、島前三町村で設立した公立塾です。島ではまず先生の数が少ない。物理の先生がいないとかね。だから普通の塾と違い、高校と密に連携をとり、足並みを揃えて生徒一人ひとりにあった指導をすることを目的としています。多い時は週に3~4回、先生と会って生徒一人ひとりについてミーティングを行います。

海士町豊田庄吾さん3

隠岐國学習センター。民家を借りて運営しています。

 

苦労はどのような点ですか?

地域や保護者の方から、まずは大学の進学実績をあげてほしいといわれました。私は塾のスペシャリストではないし、これまで生きる力を養うための学びを教えてきたので、ジレンマもありましたね。どこの出身大学というより、その生徒が社会人になったときに「君がいてくれて良かったよ」と周囲に言ってもらえるような人づくりを行っていたので。

また島では、高校が1つしかないので、国公立を目指せる生徒もいれば、中学1年生レベルの英単語が分からない生徒や、分数の問題は必ず飛ばす生徒も(苦笑)。ひたすら塾業に徹していると、日本をリードする地域づくりがしたいと思って来たけど「俺、何やってんだ?」みたいな。

しかしここは島の方々の要望に応えて、生徒一人ひとりの成績を上げることを最初の目標にしました。結果的に、今では、国公立大学、有名私立大学に入学する生徒が全体の3割を占めるように。加えて生きる力を伸ばす教育が評価され、難関私立大学から推薦枠をいただくまでになりました。

海士町豊田庄吾さん2

隠岐國学習センターでの自主学習の様子

すごいですね。
ほかにはどんな取り組みをしているんですか?

今は、本来やりたっかた「夢ゼミ」の取り組みも行っています。「夢ゼミ」は、生徒が一人ひとり、将来の夢や興味があることを発表して、それについてグループでディスカッションしたり、フィールドワークをする取り組みです。例えば島が抱える問題がテーマにあがれば、医療は?福祉は?と、生徒たちが地域の現場に足を運び、具体的な問題点を聞き取りしたり、体験した上で問題解決に向かって議論します。

隠岐島前高校と学習センターでは、自分の考えを自分の言葉で話せるように、高校3年間でいやというほどディスカッションを行うんですよ。

 それはいいですね♫
うちの子どもも隠岐島前高校に入学させたかったです

可能ですよ。「島留学」として全国から募集しています。現在は定員80人のところ、3割まで県外生の枠を設けています。都市圏で説明会をするとホールが満員になるほど。オープンキャンパスを開くと170人もの親子が見学にやってきました。

これまで1学年30人程度と固定化された人間関係の中にいた生徒たちにとって、意欲と能力のある生徒と混じり合うことは良い刺激になっています。時々はケンカもありますよ(苦笑)。それもいいと思っているんです。結局、社会に出ればいろんな人達と付き合うことになる。多様性、大歓迎です。

夢ゼミ風景

「夢ゼミ」の様子。島の子どもたちが、自分のふるさとに愛着を持ち、自分の夢を、自分の言葉ではっきりと語れる大人になったとき、島はもっと大きく変わっていくに違いない。

地域の担い手を育成するプロジェクトの気になる成果は?

プロジェクト1年目の生徒たちが、今、大学4年生です。成果はこれからです。しかし明らかに言えるのは、子どもたちが自分の考えを、自分の言葉で話せるようになったこと。

ぼくたちは地域の担い手となる“グローカル”な人材を育成してきました。“グローカル”は、グローバルとローカルを掛け合わせた造語で、「地球規模の視野で考え、地域視点で行動する」もしくは「ふるさとのことを想いながら、地球規模で行動する」こと。島を担う大人になってもいいし、都会や海外にで出て、ふるさと納税など、自分を育ててくれた島に恩返しができるような大人になってくれてもいい。これからはグローバルとローカルのどちらの視点も大事。自由自在に考え、動けるバイリンガルを育てていきますよ。

海士町豊田庄吾さん4

座右の銘は「意思のあるところ道あり」。

 地方の問題を解決する上で大切なことは何かとの問いに、「相手をリスペクトすること」と話す豊田さん。海士町の人口が増え、島が盛り上がっている一番の理由は、島の人が島外の人をリスペクトしてくれるからなんだそう。
「懐が深いというのかなぁ。もちろん移住者も島の人たちをリスペクトしています。
島の文化や伝統については先輩の移住者が、新しくやってきた移住者に教えていらっしゃいますよ」。

自分の夢を自分の言葉で語れる子どもたちが、きっとこれからの日本をリードするはず。平成の松下村塾を目指して、これからも頑張ってくださいね。豊田さん、ありがとうございました。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 隠岐國学習センター 豊田庄吾さんのお仕事の七つ道具を拝見

移住促進の成功例としてメディアにもたびたび登場する海士町。知名度はもはや全国区に。だから豊田さんは講師としてひっぱりだこです。お仕事道具は、パソコン、iPad、名刺、スマホ、レーザーマウスに…カエルカード!?

「タロットではないですが、ポジティブなキーワードが書いてあるカード。講演や研修の前に、うまくいったイメージをしつつカードを引いてます」とニッコリ。

海士町豊田庄吾さん5

文/杉谷淳子

関連記事