失敗してた頃は「お金になること」を探してた
収入は「ありがとう」といわれて初めてついてくるもの

「好きやから百姓やってます」をキャッチフレーズに奈良県葛城市で農業を営む寺田農園さん。ハーブの水耕栽培を柱に売り上げを順調に伸ばしています。そんな寺田農園 代表・寺田昌史さんにインタビュー。青年農家が集まる4Hクラブでは全国4Hクラブ連絡協議会の会長も務めた人物。バイタリティとユーモアあふれる人柄に、若手農業家からも大きな信頼を集めています。農業って?好きを仕事にすることとは?爆笑トークも交えたトークのはじまりはじまり~!

寺田農園(奈良県葛城市)代表 寺田昌史さん 1968年生まれ 

寺田農園代表 寺田昌史さん/奈良県葛城市、1968年生まれ。2haの農地でハーブの水耕栽培を中心に、イチゴ、トマトなどの各種野菜の生産、販売、農産物加工品の製造を行う。寺田農園の農産物は、プロの料理人からの信頼も厚く、期待を裏切らない品質と味と定評。青年全国4Hクラブ連絡協議会の会長を務めた経験も。現在、スタッフ12名。

 

2ヘクタールの農地にハーブを中心に栽培されているんですね。

奈良と大阪の県境、葛城市で代々農家を営んでます。現在はスタッフ12名で、水耕栽培でのハーブを中心にフルーツやトマトなどの野菜を栽培。自社で採れたフルーツをジャムにしたり、バジルをペーストにするなど加工品も手がけています。

ハウスの中にギターもあるんですね。畑で音楽って楽しそうな職場です。

ハハハ。好きで時々、弾いてます。地元の仲間とバンド組んでるんで。今度、ライブするから練習しないと。夢は農業でなく、東京ドームで一発当てに行こかナと。
(一同爆笑)

アハハハ。「好きやから百姓やってます」ってフレーズも、とってもいいですね♪

実は親父の代から使ってるフレーズなんです。ホームページにも、自社製品のラベルにも使ってます。今は、このフレーズで良かったって思えるけど、子どもの頃は農業が嫌いやった。今は親父のことがちょっと分かる気がするって感じかな。この文言のおかげで自己暗示かけて頑張れてるところもあるしね。

寺田農園からみる二上山。

寺田農園からみる二上山。奈良県と大阪府の県境にあり、雌雄ふたつのコブが特長。

寺田農園加工食品

自家製バジルでつくった「ばじるぺーすと」と、つみたての果肉たっぷりの「いちごじゃむ」。ラベルには“好きやから百姓やってます”の文字が。

子どもの頃は農業が嫌いだったんですか?

小さい頃から親父の手伝いばっかりしてきました。朝から晩まで働いても儲かってる感じがしないし、土にまみれていつも泥臭いし、格好悪いでしょ。小学校の頃は先生でさえ、教室の笑いとるために「お前、田んぼの時期に学校来ててエエんか」とか言われるし、周囲はサラリーマン家庭の子どもばっかりで「お前は畑でも耕しとけ」とからかわれる。そのたびにケンカしてた。おかげで腕っぷしは強なりました(笑)。

そんな寺田さんが農業を継ぐことになったきっかけは?

小学3年生で働き手としてアテにされ、6年生で軽トラックの運転も。高校卒業後は農業から逃れようと進学を希望したら、親父に国公立大学が農業大学かどっちかにせいと。国公立大学は無理でも、とりあえず夢の“キャンパスライフ”が手に入るならと農業大学に進学。その後、米国への農業留学の話があり、思い切って行くことにしました。

ハーブのハウスにて

ハーブのハウスにて

農業が嫌いといいながら、どんどん惹かれてるような気もします。アメリカの農業はいかがでしたか?

米国の大手食品メーカー「デルモンテ」の材料シェアのほとんどを担っていた農園で働いたんですが、広大な農場に生産スタッフはメキシコ人ばっかり500人。英語も話せなかったけど、身振り手振りで体当たり。半年後には普通に会話ができるようになってました。オーナーは作業着なんか着ずに、パリっとしたスーツ着て、農園やけど一企業です。日本とは規模が違いすぎて参考にならへんと思ったけれど、農業にはいろんなスタイルがあるってことが分かったし、いろんな意味で自分の適応力に自信が持てた。これからのやり方次第で農業ビジネスは面白くなるとも思えるようになりました。

なるほど。自分で農業スタイルを作ることができれば、商売として面白くなると?

その頃の日本の農業は画一的で、農家は生産して市場に出荷するだけ。もっとビジネスの視点を大事に経営したら面白くなるんじゃないかと思えた。安定を求めるなら、農協に就職という道もあったけど、そこはやっぱり挑戦してみようと。最初はネギからスタートして760坪を、その頃はまだ珍しい水耕栽培でスタート。23歳で1億1000万円の投資でした。

寺田農園~ハウス内

寺田農園では、ハウス内をクリーンな環境に保つため、運搬には電気自動車を使用。

20代で1億円超の借金!? とても勇気がでません。

確かに無茶でした。多額の借金を背負ったものの、中国の輸入ネギに押されて、本当に苦しい時期が10年ほど続きました。当時つきあってた今の嫁さんにも苦労をかけました(苦笑)。ある時、仲買人さんから「ハーブを作ってほしい」と依頼があり、今後の需要も望めると判断し、思い切って1500坪(0.5ha)をハーブの契約栽培に。水耕栽培なので、季節に左右されずに栽培できる。「ある時にしかないハーブ」ではなく、「ない時にこそあるハーブ」をモットーに、99%販売先を自ら開拓して、少しつずつ今のスタイルを作ってきました。

若手農業家さんの中には、農業スタイルどころか、独立後、利益が出ずにもがいている人も多いと思うのですが

「こんなに俺がんばってるのに、なんで収入にならんのやろ」とか、失敗してた頃は、俺も「お金になること」を探してました。「ありがとう」と言われて初めてお金がついてくるようになった気がしますね。今、伸び悩んでいる人は、野菜作りに没頭して、俯瞰して全体を見れてないことも多いんちゃうかな。よその野菜を食べて研究してるかな?自分の野菜を批評をしてもらうために行動してるかな?昔の自分を思い返しても、伸び悩んでる時ほど“作業”してる。それは“仕事”とちがう。俺も就農3年目ぐらいが一番しんどかったですね。

寺田農園~調整・出荷室

調整・出荷室はハーブの良い香りがします。「社長はとってもやさしいです。勤務時間にも気を使ってくれ、働きやすい環境です」とパートスタッフの皆さん。

今、伸び悩んでいる人は「仕事」でなく「作業」をしている…。それはあらゆる仕事にいえそうです。

これを栽培したら儲かるって話もあるけれど、儲かる野菜を追いかけるより、「自分が育てたい野菜を作ること」、もしくは「頼まれた野菜を作ること」の方が絶対いい。理由は、思ったように作物は育たないものだから。頼まれたものには売り先があるからいい。「ありがとう」って言ってもらう野菜を作るには、自分が思い入れの強い野菜を育てるのが一番。こだわりもあるし、負けられへんし。自分のキャラを生かすのもいい。頑固な人ならそれもウリにできるようなことを考えていったほうがいい。仕事はトータルだから、いろんな人に自分をみてもらうことが、事業主としては大事。違う年代、違う業界の人と会って話して外に出ると、楽しいこともヒントもいっぱいちゃうかな。

全国4Hクラブ連絡協議会の会長も務めた寺田さん。周囲はいつも人がいっぱいですね

いくつになっても刺激が必要。若い人といつまでも張り合えるように(笑)。絶えず自分を客観的にみるためにも、ベクトルが合ってるか常に再確認です。世間のニーズも聴き続けないといけないし、そうしてきたからこそ今がある。そのためにはネットワークが必要です。まぁ仲間がいたら、傷の舐め合いもできるしね。ハハハハ。

事業の方向性を決めるには先見の明も必要ですよね

そうやね。例えば、今は車社会って言われてるし、週末には郊外の大型スーパーに出かけて、大量に食料品をまとめ買いするファミリーが多いけど、今、若い人ら車に興味ないでしょ。少子高齢化だし、それが消費者の野菜の購入にどう影響するのか…。だからといって、今、どう動けばベストなのかわからないけど、いつも先を見ることは大切だと思う。

寺田農園 寺田昌史さん

鮮やかな手さばきで次々に苗を定植する寺田昌史さん。「こういう単純作業、意外に好きやねん」。

経営が軌道にのってくると、「これぐらいでエエんちゃうかな」って気を抜きたくなるけど、そこも自分で引き締めんとね。今もしんどいことばっかりやけど、おいしい野菜を作る努力することで、従業員、レストランシェフ、資材屋、種屋がハッピーで、そして会社が元気になるなら頑張れるし。これからも毎年がチャレンジです。

寺田さん、お忙しい中、取材に対応いただきありがとうございました。「好きを仕事にする最大のメリットは?」の問いに、「継続する何よりの力」と答えてくださいました。子どもの頃は、作業着に長靴スタイルの父親を格好悪いと思っていたそうですが、「今はそれも格好エエかな」とニッコリ。そう話す寺田さんはランニングに、手にはギター! これからもみんなをハッピーにするお野菜を作ってくださいね。

寺田農園株式会社
奈良県葛城市大畑53番地
ハーブ及び各種野菜の生産・販売、農産物加工品の生産
「淀屋橋odona×大阪マルシェほんまもん」など、関西近県のマルシェにも多数出店
■寺田農園では現在、正社員スタッフ募集中。詳細はこちら

関連記事