昨年末に世界農業遺産(※)が発表され、日本の3地域が認定されました(参考記事)。ファームビズマガジンでは、認定された岐阜県、和歌山県、宮崎県についてもう少し詳しくご紹介していきたいと思います。第1回は、岐阜県の「長良川システム」について。日本が誇る次世代に引き継いでいくべき、一次産業のカタチについて一緒に考えませんか。岐阜県農村振興課の桂川直人さんにお話を聞きました。
※世界農業遺産=国連食糧農業機関(FAO)が、次世代へ継承すべき重要な農法や生物多様性等を有する地域を認定するプロジェクト
長良川における「くらし・環境・農林水産業」の環
白山連峰をはじめとする深い山々に源をもつ清流・長良川は、むかしから、人の生活や仕事と深く結びついてきました。例えば、鮎漁、林業、和紙の製造など。それらは長い時を経て、鵜飼や伝統工芸など文化や観光資源としても発展しています。そんな岐阜県民の心のふるさと・長良川において「人の生活・水環境・漁業資源」が相互に連環している1つの環(わ)が「長良川システム」です。世界農業遺産では、それが高く評価されました。次に詳しくご紹介しましょう。
長良川システム/官民学で行っている主な取り組みは次の5つ。
1、森を育てる
植林、枝打ち作業を定期的に行う
岐阜県は82%が森林です。保水力を充分もった山からの湧き水が清流をつくるため、山の整備は欠かせません。岐阜県では、県の助成金などもあり、植林、枝打ちなどの山の保全活動が活発に行われています。定年後に山の仕事に就きたいという人も多く、そのおかげで森林組合に活力があるのが岐阜県の強みです。
2、川の資源を守る
鮎などの川魚の乱獲を防ぐ
鮎を中心とした漁業が盛んで、資源が枯渇しないように、稚魚の放流や天然鮎を増やす孵化放流を行っています。通常は他の川で入手したものを放流することも多いのですが、長良川ではできるだけ長良川で獲れた魚を繁殖させて放流を行う方式がとられています。鮎漁のひとつである鵜飼は観光資源となり、漁業組合以外にも、観光組合などのサポートもあり、多くの団体が水質保全に努めています。
3、伝統工芸を伝える
美濃和紙、和傘など伝統工芸を守る
きれいな水をもとに、日本三大和紙のひとつ美濃和紙や、美濃和紙を使った和傘、提灯、うちわなどの伝統産業が今も息づいています。美濃和紙の歴史は1300年と古く、奈良時代にはすでに文献に使われていたと記されています。岐阜県では、こうした伝統産業を広くPRしています。また職人による関係団体も協力し水質保全に努めています。
4.市民の意識を高める
「水舟」に代表する里川の風景を市民の手で受け継いでいる
川とともに生きてきた市民の間には、水を無駄にせず下流にきれいな水を流すための「水舟」という知恵が今も息づいています。「水舟」は、かつて谷や川から取水した水を利用するための貯水槽のことで、段々に槽が連なっているのが特徴です。上段の槽は飲み水用、次に食べ物を洗うため、その次に食器を洗うため、その後に魚の住む水路に水が流れ、小さな食べかすは魚の餌になり、無駄なく水を使うことが徹底されています。今は下水道が完備されているところがほとんどですが、郡上市には昔ながらの「水舟」が残る風景もそこかしこにあり、親から子へ地域でその教えを伝え続けています。
トークタイム★桂川直人さん(岐阜県農村振興課)×ファームビズ
ファームビズ
里川の暮らしが今も市民の暮らしに息づいているんですね。水舟のシステムなど、人の意識が高くなければ続きません。何か対策はあるのでしょうか。
桂川さん
そうですね。多くの岐阜県民にとって、山やそこを流れる川そのものが心の原風景となっているのでしょう。子どもたちは、川に慣れ親しんで成長し、祖父母や両親、ご近所の方々からきれいな水を守ることの大切さを教わり、また次の世代に伝え続けているのだと思います。昔から林業や漁業、工芸など、山や長良川に関係した職業に就いている人も多いので、環境保全への市民の一人ひとりの意識が高いといえます。
ファームビズ
なるほど。地元から離れずに仕事があるということがポイントですね。自分の職と暮らしに直接関わっていれば、環境問題も他人事ではなくなります。地元愛を育む大きな要素ですね。
桂川さん
県内の林業従事者は高齢化していますが、定年後に山の仕事に就きたいという方も多いです。ボランティアの参加も多く、そのおかげで森林組合も活発です。
ファームビズ
ということは、岐阜県は人口の流出が少ないということでしょうか。岐阜県の人口ピークは、2000年の210万7.000人のことですので地方の中では人口減少化も遅めだったともいえますね。
桂川さん
名古屋市内など都市圏に、通勤しやすい立地にあることも関係しているのでしょう。次世代を担う子どもたちにも、鮎の稚魚放流や産卵観察会への参加、美濃和紙の生産現場の見学など、長良川を軸とした岐阜の伝統産業や暮らしを学ぶ機会が多くあります。また市民団体による生き物調査会などの活動も活発です。
ファームビズ
みんなで熱心に取り組んでいるからこそ、今の「長良川システム」のカタチがあるんですね。長良川は最終的には名古屋市に接しながら伊勢湾に流れ込むわけですから、決して手つかずの自然河川というわけではないのに、これだけ豊かさを保っているところが素晴らしいですね。
桂川さん
そうですね。世界農業遺産の認定も、市民の暮らし、農林水産業をはじめ、さまざまな経済活動の中で、川がうまく活用され、それを文化とともに市民がしっかり支えてているところが評価されたのだと思っています。2016年は、長良川のブランド化に取り組もうと思っています。食、旅、工芸品を含めて「長良川ブランド」を作っていきたいですね。みなさん、ぜひ岐阜県に遊びにきてください。
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世界農業遺産/日本の認定地域
認定された年 | 地域 | 評価ポイント |
2011年 | 新潟県佐渡市 | 「トキと共生する佐渡の里山」 |
〃 | 石川県能登地域 | 「能登の里山里海」 |
2013年 | 静岡県掛川周辺地域 | 「静岡の茶草場農法」 |
〃 | 熊本県阿蘇地域 | 「阿蘇の草原の維持と持続的農業」 |
〃 | 大分県国東半島宇佐地域 | 「クヌギ林とため池がつなぐ国東半島・宇佐の農林水産循環」 |
2015年 | 岐阜県長良川上中流域 | 「清流長良川の鮎~里川における人と鮎のつながり」 |
〃 | 和歌山県みなべ・田辺地域 | 「みなべ・田辺の梅システム」 |
〃 | 宮崎県高千穂郷・椎葉山地 | 「森林保全管理が生み出す持続的な農林業と伝統文化」 |
世界遺産に比べて、まだまだ認知度が低い世界農業遺産。現在、15カ国36地域が認定され、日本はそのうち8地域を占めています。先進国にありながら、認定数が多く、多様な農業のカタチがある日本に世界が注目しています。ファームビズでもぜひ取材に訪れてみたいです。
■取材・画像協力/岐阜県農村振興課